紫式部邸址と廬山天台講寺

紫式部邸址と廬山天台講寺

●日本人でただ一人「世界の五大偉人」に選出され、フランスのユネスコ本部に登録された世界最古の偉人並文豪紫式部は,「平安京東郊の中河の地」即ち現在の廬山寺の境内(全域)に居住していた。
●それは曽祖父・権中納言藤原兼輔卿(堤中納言)が建てた邸宅(堤第という)であったのであるが、この邸宅で育ち、結婚生活を送り、一人娘の賢子を産み、長元四年(西暦l031年)五十九才程で逝去したと云われている。
●紫式部は藤原香子と呼び、「源氏物語」、「紫式部日記」、「紫式部集」などすべての著書はほとんど、この邸宅で執筆されたもので、世界文学史上屈指の史蹟であり、世界文学発祥の地ともいわれている。又この遺跡は考古学者角田文衛博士によって考証されたものである。
●「紫式部邸宅址」の顕彰碑は「題字・揮毫・文学博士新村出教授」で作庭は平安朝の庭園の「感」を表現したもので、古典文学研究の大家や知名人から激賞・感動されている。

●盧山天台講寺(通称盧山寺準門跡)は元三大師(慈恵大師)が天慶元年(西暦938年)船岡山に創建した、皇定直属の御黒戸四ヶ院の中で唯一つ残存する摂家門跡である。
●元亀2年(西暦1571年)に織田信長の焼打ちをまぬがれ、現在地に移建されたが、移建前の廬山寺は「古の紫町の斎院跡」に在ったと云われている。現在の御仏殿(通称・本堂)。御黒戸(通称・尊牌殿)は光格天皇の勅命で再建された歴代天皇の最後の造営である。
●境内には御土居の一部が現存し、謡曲「東北」は当寺をうたったもので、紫式部の曽祖父兼輔卿の親友・小野道風詩「澗底松」「雲水ノ井』が現存し、また光格天皇は再三行幸され月見の宴を催おされている。
●慶光天皇(光格帝の御父)御陵・宝蓮華院宮(明治天皇の御妹)陵墓を初め歴代天皇の皇子・皇女の陵墓や定朝(日本仏師の元祖)の墓や江戸時代著名人の墓等が多い。
●毎年二月の節分に行われる追儺式鬼法楽は、民族芸能として京都市の年中代表行事の一つで有名である。

(当山資料による)

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